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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)630号 判決 1961年10月27日

控訴人(原告) 平田親励

被控訴人(被告) 下京税務署長

訴訟代理人 今井文男 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和三一年五月三〇日附でした昭和三〇年度分の所得税額を五、五五〇円と更正する処分は無効であることを確認する。仮に右処分が無効でないとするならば右処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上ならびに法律上の主張および証拠関係は、次に記載するもののほか、原判決事実記載のとおりであるから、ここに、その記載を引用する。

一、控訴人の主張

(一)  所得税の課税標準たる「不動産の貸付による所得」があるといいうるためには、会計原則上原価から給付価値を差引いてなお余剰純益の存することが必要である。しかるに、地代家賃統制令および同施行規則は家賃を原価の中に消えてゆく必要費しかとれない様に制限しているため、名目は家賃であつても、実質は必要費であり、法律をもつて契約上の賃貸借を使用貸借に変性させたものである。したがつて、統制家賃からは何等純益を生まないから、本件家屋の家賃収入は所得税の課税対象たる不動産所得に該当しない。このような収支の償わない家賃借入をもつて、課税対象たる所得とすることは、会計上の資本取引、損益取引区別の原則に反する。

(二)  本件所得の計算に際し控除さるべき減価償却費計算の基礎たる固定資産の価格は、資本が資本主から企業に移転した時の価格である。会計簿記の計数規律の上では毎年度始に経営に受け入れ、終りに資本主に戻し入れ、その期間内の勘定をすべきである。商法第三四条第一項が財産評価の原則を時価によるものとしたのは当然のことであり、同条第二項で当該年度の期首より期末迄の固定資産の減損額を控除できるとしているのも、一般減価償却の基礎価格を定めたもので何等異とするに足らず、この規定のあるために取得原価を基準とすべき論拠とはなりえない。

およそ、企業は当該会計年度期首に固定資産を受け入れ、これを使用して次年度に繰越すものであり、減価償却は消耗資本の償却填補であるから、当該年度内の使用により損耗した分が当期の所得をうるための費用として償却さるべきものである。

したがつて、本件建物の耐用年数は、本件固定資産価格評価の基準日たる昭和三〇年一月一日現在で、柳ノ下町の家屋は三年、高田町の家屋は四年であるから、それぞれ、残存廃材価格一割を引き、その残額を耐用年数で割つた額が、原価計算法による損失として償却すべき額である。

資産再評価は過去の帳簿価格を調達価格に接近させるために評価を増額するものである。本件家屋の台帳登載価格は非統制家屋と同一で調達価格としては相当で正に償却さるべき価格である。本件のように調達価格を台帳登載価格とした家屋は、資産再評価に先立ち既に地方税法による評価がなされているため、再評価法の対象でなくなつたのである。地方税法第四一四条は、所得税法と地方税法における資産の価格の評価基準を共通のものとし、右二法の財務行政の統一を図つており、この事実に徴しても、所得税の計算において控除さるべき減価償却費計算の基礎たる固定資産の価格は現在の調達価格とすべきである。

二、被控訴人の主張

(一)  地代家賃統制令、同施行規則は統制家賃全額を必要費とする旨法定したものでも、賃貸借を使用貸借とする特別法でもない。統制家賃額を受領するだけでは、あるいは所得を生じないこともあろうし、あるいは生ずることもあるであろう。課税所得が生じたかどうかはあくまで所得税法の規定に照し判定すべき問題である。

(二)  所得税法において固定資産につき減価償却額を不動産所得の計算上必要な経費に算入する趣旨は、同法の課税物件が各個人について一歴年間に生じた所得である関係上、不動産を取得するために要した費用を、買入の時に直ちに損失に計上することも、反対にその用を廃した時に全額を損失とすることも妥当ではないから、これを一定期間に配分して必要経費とすることとしたものである。このような配慮は、企業会計において各年度の損益計算を公正に行うためにも、また固定資産に投じた資本を回収するためにも減価償却が必要欠くべからざるものとされているからに外ならない。

けだし、税法における所得の計算も、特段の規定を設ける以外には、企業経理の通則に従うことを予定しているからである。されば、所得税法施行規則第一二条の一一にいわゆる「当該固定資産の取得価額」の解釈についても、会計学上の解釈と同一であるべきであり、税法において特にこれを別異に解釈する特段の理由もない。会計学上、減価償却の基礎価格は当然取得原価とするのが一般の見解であり、会計実務の慣行である。また、取得原価とは、当該資産の購入価額または製作原価とされている。

所得税法は個人の継続する企業活動について、あえて各歴年の当初に事業を開始し、年末に終了するものと擬制してその所得を計算するものではなく、流れつつある河川の如く継続する企業につき人為的に一歴年毎にこれを区分し、その成果を計算して所得額を決定するのである。そうであるからこそ減価償却が問題となるのであつて、控訴人主張のように期首に資本を受け入れて企業を開始し、期末に資本を戻して企業を終了したものと観念すべきであるとするならば、減価償却など行う必要はないのである。

次に、商法第三四条第二項、同第二八五条にいわゆる「取得価額」も当初の取得価額、たとえば購入によるときは購入代金であると解すべきであることは、同法第三四条第一項と第二項をあわせ読むならば明白である。

(三)  控訴人の本件家屋の耐用年数についての主張は、耐用年数を法定年数から現実の既経過年数を控除した残余年数に応じて償却率を適用すべきであるということに帰着するが、この主張は「固定資産の耐用年数等に関する省令」第一条第四条の明文の規定に反するのみならず、また、減価償却の趣旨にも全く反するものである。

三、証拠関係<省略>

理由

当裁判所は、被控訴人がなした本件所得税額の更正処分には、何等違法な点はないと判断するものであり、その理由は、次に附加するもののほか原判決理由と同一であるから、ここに、これを引用する。

(一)  当審における控訴人の(一)の主張について、

地代家賃統制令は、控訴人主張のように統制家賃全額を必要経費額に制限したり、賃貸借契約を使用貸借とすることを定めたものでないことはいうまでもなく、また、同法は何等所得の生ずることを禁止するものでもない。更に、税法上の所得計算が、抽象的には、一般に認められた会計原則に根拠を求めなければならないとしても、建物の貸付による賃料の取得(収入)が、課税の対象物件たる所得となるか、いなかは所得税法の規定により課税標準を算出した結果具体的に決せられる問題であるから、統制賃料を受領しても、あるいは所得を生ずることがあり、あるいは所得を生じない場合があるにすぎない。したがつて、統制家賃からはいかなる場合にも不動産所得を生じないとする控訴人の主張は理由がない。

また、控訴人は、統制家賃収入をもつて、課税対象とすることは、会計上の資本取引、損益取引区分の原則に反すると主張する。会計上の資本取引、損益取引区分の原則とは、企業における損益計算を、資本の利用によつてではなく、企業資本ないしは出資者持分そのものの修正(増資、減資転換など)の結果、企業資本ないし出資者持分の増減を招来する取引(資本取引)と、資本の利用によつて企業資本ないし出資者持分の増減を招来する取引(損益取引)とに区別し、したがつて、前者の資本取引から生ずる剰余(資本剰余金)と、後者の損益取引から生ずる剰余金(利益剰余金)とを区別して計算すべきことを要請し、資本取引からは利益は生じないとする原則をいうものであつて、(「企業会計原則」第一 一般原則の三、第二 損益計算書原則の六参照)税法上においても、右資本剰余金に対応する観念として資本積立金の制度が設定され、これは課税対象により除外されている。しかしながら、統制家賃収入が収支償わないから、かかる不動産貸付は会計上の損益取引より区別さるべき資本取引に属し、右家賃収入をもつて所得にあらずと論断することは、前示会計上の原則に対する控訴人独自の見解を根拠とするものというほかなく、採用することができない。

(二)  当審における控訴人の(二)の主張について、

控訴人の主張は、所得計算に際し控除さるべき不動産の減価償却費の算出基礎たる価格は、不動産の時価によるべきであるということに帰着する。

およそ、企業において、固定資産は常にそれが全一体として全体的に利用されながら、しかも価値的には部分的な消耗が発生するものであるから、その部分的な価値消耗に伴う期間費用を具体的に測定することが困難である。そこで、数会計期間にわたり消耗する費用総額をあらかじめ予定される耐用期間に割当てることによつて、その各会計期間の費用として配分し、もつて期間費用を把握しようとするのが減価償却である。換言すれば、減価償却の本質は固定資産購入原価をその利用期間に配分する費用把握の一形式である。したがつて、その固定資産購入のために支払われた名目的資本額が減価償却の対象となる価値額であり、減価償却費の計算は、前記固定資産購入原価(当初の取得原価)を基礎とすべきものと解せられる。このことは、本来企業会計ないし損益計算のよつて立つ基本的な考え方が、投下資本の回収計算にある点に根拠を求めることができるし、更に、損益計算において収益に対比せらるべき費用が、実際の取得原価にとられるときは、収益と費用がともに客観的な大きさとして計算され、損益計算の確実性が保証されるという実践的な要請にも合致するのである。

ところが、前記のように、減価償却費計算の基準として取得原価をとる立場(原価主義)に対し、減価償却をなす当時の時価をもつて基準となすべき立場(時価主義)があるが、この立場は、減価償却が実質的には固定資産再調整の手段を用意するという機能を営む点に着目し、市場における貨幣価値の変動に伴う固定資産価格の変動に対処しようとするところに、その理論的要請を発見できる。そして、昭和二五年に「資産再評価法」が制定され、主として固定資産に対する再評価が現実に行われるようになつたのも、右要請に答えたものであるが、これはあくまで、固定資産の一般的価格変動があることを前提とするもので、前記評価についての原価主義に代位すべきものでないと解せられる。控訴人が本件家屋につき右資産再評価法所定の申告をなしていないことは当事者間に争がないから、右家屋に対する減価償却費算出の基礎たる価格は、控訴人が右家屋を最初に取得したときの価格によるべきは当然である。本件家屋は右資産再評価法の対象にならないとの控訴人の主張は、同法の諸規定にてらし到底採用できない。

次に、控訴人は商法第三四条第一項を、前記資産評価についての時価主義の一根拠としている。なるほど、同法条は財産評価につき原則として時価主義をとるものであるが、同条第二項は、むしろ営業用の固定資産について、いわゆる原価主義によるべきことを容認しており、右規定が、従来からの会計上の実務(慣行)の立法化されたものであることに徴しても、(「企業会計原則」第三貸借対照表原則五D参照)前記商法第三四条第一項をもつて控訴人主張の根拠とすることは失当である。

また、控訴人の挙示する地方税法第四一四条は、固定資産中、土地、家屋以外の事業の用に供することができる資産(償却資産)(同法第三四一条第四号)の価格の最底限度を定めたもので、固定資産中家屋の評価を定めたものでないから、右法条をもつては、本件家屋の減価償却費計算の基礎たる価格を現在の調達価格によるべしとの論拠とはなし難い

更に、控訴人は当該会計年度期首に受け入れた固定資産中、当該年度内の使用により損耗した分が、当該所得をうるための費用として償却すべきものと主張する。しかしながら、減価償却は、先述したように、数会計年度にわたり消耗せられる費用総額を、その各会計期間の費用として配分すること、すなわち、あらかじめ与えられている費用総額の期間配分の方法にほかならず、具体的には、その費用総額を当期費用と次期以後の費用とにこれを配分し、次期以後の期間に属すべき費用はこれを資産として繰越す方法をとるけれども、重要なことは、次期以後に繰越すべき費用額を評価する結果として当期費用としての減価償却額が決定されるのではなくして、費用総額の期間割当分があらかじめ決定されるという点にある。したがつて、減価償却は、あくまで繰越費用評価ないし繰越資産評価の方法ではないのであり、控訴人の前記主張は、いわば、減価償却をもつて右のような繰越費用ないしは繰越資産の評価とする見解に立つもので、当裁判所は右見解に左袒できない。

控訴人の本件不動産の耐用年数に対する主張は、「固定資産の耐用年数等に関する省令」第一条、第四条の明文の規定に反するばかりか、前記固定資産の減価償却に関する誤解にもとづくものであつて、理由がない。

以上判断したとおり、被控訴人のなした本件更正処分の無効確認または取消を求める控訴人の請求は理由がないから、右請求を棄却した原判決は正当である。

そこで、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 沢栄三 木下忠良 斎藤平伍)

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